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消費税の増税とTPP参加を考える

◆オーガニック農産物が資本主義社会の壁に穴を空けるのか!!

1.EUでは農産物の高品質とは、オーガニックであることが前提で評価する。

*ロンドンオリンピックの選手村で採択された農産物の品質基準は、オーガニックで   あることが最低基準として選択された。
 EUの量販店では、オーガニック農産物のコーナーが普通に存在し、そのスペースは、日本の量販店と比べものにならないほど広い。
郊外型のオーガニックの農産物、日用品を販売する店舗も、数多く存在している。
EUでは、オーガニック商品が市民生活に密着していることを示している。
日本ではどうか、量販店で、オーガニックのコーナーを設けている店舗は殆ど見られない。専門店も、極僅かである。
日本の量販店において、オーガニックの農産物が見られないことは、オーガニックの栽培や飼育をされている現場が極めて少なく、オーガニック商品が市民生活と密着していない。
オーガニックとは、無農薬、化学肥料に依存しない農産物の生産だけを指していない。
農産物の生産や飼育は、必ず、何らかの形で、その地域への環境負荷を与えており、その負荷を最低限度に押さえ、全ての生命体と共生し共存できるように、自然環境を配慮し持続する。自然環境を保持する理念を、モラルとして具現化していくのがオーガニックの栽培や飼育である。その結果として、高品質の農産物が育成できる。
農産物の栽培は、効率だけを念頭に置くと、除草剤、忌避剤を定期的散布し、病気に対する薬剤を散布し、栽培すると作業は簡便であり、労力は1/10以下に軽減でき、見かけの収量も格段に増加する。
オーガニックの栽培では、除草剤、忌避剤、薬剤は使用しない。
忌避剤の変わりに忌避効果のある植物との混植などで、虫の被害を最小限度に押さえ、虫からの被害を最小限に押さえる手法を日々検討し模索する。
虫の繁殖期から播種時期を遅らせたり、大地の風上に虫の嫌がる樹木を植え、樹木の忌避効果を考慮し栽培していく、自ずと面積当たりの収量は減少する。
土壌環境を健全にすることで耐病性を強化する。
既存の農業は、JA組織が提示するマニュアルに沿って、除草剤を散布し、忌避剤を空中散布する栽培が多いが、オーガニックの栽培は、個々の豊富な経験と知識、そして日々の観察から次への対処を考慮し、栽培方法を計画する。
個々の生産者のクリエイティブな知識の積み上げが必要になる。
オーガニックの栽培や飼育は、生産者の知的能力に依存し、生産量は、自然とのバランス、気候に影響されながら、最善を選択する。収穫量は常に一定ではない。
地球温暖化の影響は、過去の暦からは予測できない変動が次々と現れている。その対処方法も知的能力によってカバーしていく。
オーガニックの生産は、ハードルは高いが、日本では、公的助成の対象にはなっていない。
EUにオーガニックの生産者が多いことは、環境へのモラルを配慮している生産者の比率が多く見られることを物語っている。
同じことが、EUの量販店などの経営者が、経営理念として、自然環境への配慮に重きを置いている姿勢がオーガニックを取り扱う比率に表れている。
 日本の消費者が地球環境への配慮が少ないのではない、市民意識は、むしろ多くの賛同が得られる。市民意識は、成熟した社会的感性を有している。
日本人の社会的モラルは、諸外国と比較して、低いのではなく、整然と規則に遵守し、世界でも希な姿勢が見られ、日本人の誇りであるはずである。
では、何故、日本ではオーガニックの生産者が増えていないのか、その原因の一つは、青果物流通の中で一番多く携わっている量販店の販売姿勢にあり、環境への配慮が欠ている。
量販店の安売りや売り出しの呼びかけは、オーガニックを販売する姿勢ではなく、戦後の闇市やバッタ商品を売り抜ける販売方法と変わっていない。
売り場の担当者は、早い者勝ちや、いいとこ取りやと囃子かける。
山と積まれた青果物に群がる消費者は、山の中から青果物をより分け、かき回され、その結果、残された青果物は、痛み、無惨な姿をさらけ出している。
かき混ぜられ、痛んだ青果物は、最後には、生ゴミ扱いになる。
青果物は、均一には生産できない。
形状や重さは、千差万別が普通で、味覚も自ずと異なる。類似はしているが、同じ形状や色調にはならない。
青果物は、工業生産された製品ではなく、自然の当たり前が、何故か、当たり前とは取られないことが多く、極端な均一性を追求される。
自然の生産物は、不均一が普通とする認識が消費者、流通業者、加工業者に欠けている。
そのために、流通選果される前の段階から、厳しい選択を求められ、物流に至までに、厳しい選別の作業が始まる。既に生産地で選別されているにもかかわらず、競り市場で選別価格が決定する。売り場では、消費者によってかき混ぜられ、選別される。
後に残された商品は、惨めなスタイルをさらけ出す。
残された商品は一層商品価値を失い、ゴミ扱いになる。
このゴミ扱いの商品は、生産者の負担となり、取引の価格として、はね返ってくる。
オーガニックの生産者は、このような販売姿勢の量販店とは取引したくない。
 EUの量販店では、青果物の多くは、品目別に山積みが多く、個別梱包されている青果物は少ない、消費者は、必要量を上から順番に袋にいれ、消費者自身で計量し、レジへと足を運ぶ、青果物の山の下から、いいとこ取りに選別することは、消費者モラルとして顰蹙を買い、白い目で追われるのが普通である。
 割り込み乗車が白い目で見られるのと変わらない。
同じ圃場で栽培されたトマトでも、形状や色調が異なるのと同じように、味覚がことなるのは、普通である。
形状や色調の異なるトマトを手にし、それぞれの異なる味覚を楽しむ味わい方もある。
自然の青果物がどれも味覚が均一であることがむしろ不自然とする、消費者の意識が必要である。青果物の自然性、個々の味覚の違いを楽しむ、認識が少なすぎる。
人に、それぞれの個性があるように、自然の物には、個別の個性があり、味覚として現れる。
 2016年10月15日、京都へ新たに、フォーシーズンズホテルが開設された。レストランの料理長が、京丹後市のオーガニック農場へ視察に見えた。
大きさ、形状、色調がバラバラのトマトを竹篭に入れ、サンプル提示したとき、彼は、このスタイルこそがオーガニックと感激し、次々とトマトをほおばっていた。
 コンチネンタルスタイルの朝食では、このように演出できる青果物を捜していると微笑んでいた。
 EUでは、当たり前が日本では当たり前にならないことが、日本の青果物流通の壁でもある。

 オーガニックの農場に携わっていると突然、若い人たちが尋ねてくることがある。
多くは、一度、大企業に就職され、その現場から離職された方々である。
オーガニックの農業の場で、無から、取り組みたいとする姿勢が真剣である。
彼らの目は、うつろではなく、真剣である。
何よりも、非効率な仕事であることを認識し、トライしようとする姿勢が素晴らしい。
 経済的という言葉に飽き飽きし、あえて非効率にトライしようとしている。
農業の現場では、草取りは、誰でもいやがる仕事である。
炎天下の草取りは、特に厳しい。
汗が身体全体から湧き出るように噴いてくる。
あえて、いやがられる草取りを頼むと全く動じることなく、コツコツと作業を進めている。
 動じず、無心であり、吹き出る汗を楽しんでいるようにも見える。
初夏のヒバリの鳴き声は、青空に透き通って広がる、雉の鳴き声は、彼らと共鳴しているように、山に木魂する。
農業は業であり、修行の行ではない。
始めて農業に取り組むと直ぐには、業として採算は取れない。修行の行の積み重ねで、始めて業に近づことができ、業として確立できる先が見え始める。それまでの期間は、比較的長い。1年や2年の周期では、作物の全体が見えてこない。
自然との共生と調和の中で、青果物を育て、家畜を飼育していく。
農学の文典よりも生物学や動物学の方が役立つことも多い。
土壌微生物の学術的論文は少なく、科学的に解明されていない分野が多い、その中で、農産物を自然と共生させ、調和を求め、作物の育成バランスを取り、天性の生命学的資質を見失うことなく、具現化することが生涯のテーマになるはずである。
農業は、自然と葛藤するなかで業として効率を求める必要がある。
業である限り、効率は求めなければ、持続できない。その過程では、多くの行を積み上げる覚悟が必要である。
資本主義経済のスピード、効率とは逸脱していることを認識し、あえてトライしたいとする若者が一人や二人ではない。その多くはオーガニックの農業を志す。
 EUでも、オーガニックへの挑戦の多くは若い人たちである。  
彼らの求める流通は、消費者や消費の現場への直接流通である。
 オーガニックの栽培は、日本の中山間地域が最適な環境である。
広い平野、広い大地は一見すると効率的であるが、自然への影響をもろに受ける。
水稲だけのオーガニック等、単一品目だけの栽培でオーガニックを推進するのは、販路において、大きなハンディが生じやすい。自然災害の被害を受けると、収益への道が一機に途絶えることになる。単一品目の栽培では、地域自然の全体像が見えにくい。
 10月9日、10日は全国的に秋祭りが各地で見られた。
昔は、稲刈りが終わり、感謝を込めた神社の祭りである。
日本には、鎮守の森、神社が、村々に存在していた。
今は、すっかり朽ちてしまった鎮守の森もある。
過疎と離村で維持できなくなっている。
現在の農業と類似している。
日本の鎮守の森、神社のシンボルは、自然崇拝であり、自然の全ての生命を神として祀っている。
先進国で自然崇拝を神として祀っているのは、日本だけであるが、古代からの伝統は、オーガニックの思考と同じである。
農業地域の衰退は、自然崇拝の姿勢の歪みであり、自然崇拝を偽った歪みが原因として見て取れる。荒れ果てた山林、荒れ果てた河川、放置された休耕田、これらは、全て経済の歪みでもある。
 荒れ果てた休耕田を全く農業経験のない若者が、トラックターを入れる姿は、次への日本の誇りとして期待できる。

 2012年、ロンドンオリンピックが開催された。オリンピックには、必ず選手村が存在し、開催前、最低1週間から、開催中の2週間、選手の多くが選手村で生活する。
世界の選手が日々の食事に必要な食材は、生鮮の野菜、果実、魚類、家禽類の肉、鶏卵、家畜類の肉、乳製品及びそれらの加工食品、調味料、香辛料など、膨大な量であり、品目である。
これらの食材の選択基準は、高品質が求められるが、高品質の前提条件は、生鮮魚類を除いて、全てオーガニックである。
2020年8月に東京オリンピックが開催される。
選手村は、必ず運営され、選手村には、食堂が必需であり、食材は高品質が求められる。
その時の必要量は、ざっと計算すると50万食に近い。
現在のコンビニエンスや一般的な社員食堂の給食事業の業者から、現在使用されている食材をそのまま対応することは、オリンピック委員会が納得しないと思われる。
オーガニックの生鮮食品を日本の国内で調達することは、殆ど困難である。
開催月は8月であり、オーガニック野菜の栽培が、年間を通して一番困難な時宜でもある。
では何故、EUでは、高品質とは、オーガニックとしているのか、何故、高品質とは、オーガニックを指すのか、
 日本の国民が見直さなければならない課題であり、日本の生産者が農業生方法を根底から見直しが求められている課題である。農産物を取り扱う全ての業界、そして行政が日本の農産物の生産内容を根底から、見直す、切っ掛けになれば、東京オリンピックを開催する価値が増幅する。

 1906年、ドイツの科学者フリッツ・ハーバーとカール・ボッシュによって、鉄を触媒として水素と窒素から、ハーバー・ボッシュ法により、アンモニアの製造に成功し、その後、窒素肥料が化学合成され大量に製造された。
化学肥料の成功は、従来の農業の生産量から一機に拡大し、EUの穀物や馬鈴薯の生産量に大きく寄与した。
その後10年が過ぎ、全EUでは、穀物、馬鈴薯の生産量が大幅に減少したが、その原因が解らず、農学者ではなく、人智学者のルドルフ・シュタイナーの門を生産者が叩き、問題解決のヒントを求めた。
この講義が、世界のバイオダイナミックファームの始まりである。
 1924年、当時ではドイツ人(現オーストリア人)のルドルフ・シュタイナーのバイオダイナミックファームとしてこの講座が残されている。
当時、EUの多くの国で穀物や馬齢者の生産に窒素肥料が使用され、生産量は大きく増加した。しかし、連作による影響は早く、一転し連作障害が各地で広がりEUの多くの地域で食糧危機に至った。
シュタイナーは農学者ではない。
穀類、馬鈴薯の減収の障害を連作障害として、直接の原因を指摘しているのではなく、大地に過度な生産量を求めた栽培方法が継続され、農業生産の不自然性を指摘し、窒素肥料を大量に入れ生産することで、大地の生命体のバランスが壊れ、自然性を失ったことが原因ではないかと指摘している。
農業は、自然の営みの中にあり、自然の営みの連続性を持続することで維持でき、大地と太陽、そして月、暦による、自然生物との関係、月の満ち引きと大地の水位の関係、大地の水位の位置と昆虫類の生息位置の関係を説明し、農業は、自然の全ての生命体との共生によって維持できるのではないかと生産者に説いている。
 EUのオーガニックの組織の多くは、シュタイナーの講義が基礎になり、現在も継続し維持されている。EUの中でも全農地の中で有機農業の面積が占める比率ではオーストリアが多く、その要因はシュタイナーがオーストリア人であったことに由来している。
 世界的に見ると農地の有機農業が占める割合はキューバが圧倒的に多く、その原因は、米国から化学肥料、農薬の輸出が途絶えたことが幸いしている。
 日本は戦後の食糧難の時代から脱皮するために、農業生産を量の確保を目的に、栽培方法、品種の改良を促進してきた。増産を目的に化学肥料、農薬は、何ら抵抗なく、現在まで継続し、使用されてきた。
昭和50年代には、既に日本の農産物は畜産物を除いて多くは、生産過剰の状態にあった。
農業生産を量的追求から質的転換への転機時期を見失ったままで、現在に至っている。

◆日本のTPP参入が正しい選択か その2

【スペインのラ、マンチェ地方の農業を視察して】

オランダからスペインまでは航空機で約2時間半、北海道と九州の距離である。
勤勉で几帳面なオランダ人、優雅でのんびりとしたスペイン人、同じEU圏内でも農業の取り組みは全く違う。ラ、マンチェ地域は、スペインのマドリットから自動車で西南に2時間の地域である。主な農産物は、ブドウ、小麦、にんにくである。

首都マドリットから2時間の間、日本で見られる山の姿は全く存在しない。平坦に近いなだらかな大平原である。

この地方の年間降水量は約300mm、夏期は乾燥する大地であり、ブドウには最適な気候である。穀類、にんにく類は秋に播種し夏までに収穫を終える。9月にはブドウを収穫し、10月に小麦、にんにくの播種を行い、春先にブドウの剪定作業、1年の農作業のサイクルを描く。多くの農家は、ブドウ、小麦、ニンニクの3品目を栽培している。面積当たり収穫額はニンニクが一番で次がブドウ、そして小麦である。大平原には家畜の飼育はほとんど見られない。
大きな大地は全て年間1作である。


大草原には農家の家が見られない、農機小屋がぽつんと建っている。

ブドウ畑石ころだらけである

剪定前の葡萄畑

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◆日本のTPP参入が正しい選択か その1

オランダのハウスイチゴ施設と日本の植物工場の課題

日本はTPP参入か否かで揺れている、経済界は参入に、生産者は反対意見を唱えている。農業経済学者の意見は賛否半々が掲載されている。
世界の農業地域を見て栽培放棄面積、荒廃農地が多いのは、農業大国の米国と農業衰退国家日本である。米国では農地は消耗品として一定の栽培期間から塩化など農地の老化で廃棄されている。日本では採算性の悪化による農業放れが進み、耕作放棄されている。
何故、これほどまでに日本の大地が荒廃しているのか、全ての国民が真摯に受け止め、見直すべき課題である。国土の荒廃は、国家の衰退を意味しているからである。


 
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